Number22
戦後の日本の総理大臣の名前です。
ニュースなのでよく見かけますが、
なかなか正確にフルネームは読めないですね。
クイズ形式でもう一度確認してみて下さい。
1】東久邇宮稔彦王⇒ ( )
2】幣原喜重郎⇒( )
3】吉田茂⇒ ( )
4】片山哲⇒ ( )
5】芦田均⇒ ( )
6】鳩山一郎⇒ ( )
7】石橋湛山⇒ ( )
8】岸信介⇒ ( )
9】池田勇人⇒ ( )
10】佐藤栄作⇒( )
11】田中角栄⇒( )
12】三木武夫⇒( )
13】福田赳夫⇒( )
14】大平正芳⇒( )
15】鈴木善幸⇒( )
16】中曽根康弘⇒( )
17】竹下登⇒ ( )
18】宇野宗佑⇒ ( )
19】海部俊樹⇒( )
20】宮澤喜一⇒( )
21】細川護熙⇒( )
22】羽田孜⇒ ( )
23】村山富市⇒( )
24】橋本龍太郎⇒( )
25】小渕恵三⇒( )
26】森喜朗⇒ ( )
27】小泉純一郎⇒( )
28】福田康夫⇒( )
29】麻生太郎⇒( )
30】鳩山由紀夫⇒( )
31】菅直人⇒ ( )
32】野田佳彦⇒( )
33】安倍晋三⇒( )
34】菅義偉⇒ ( )
35】岸田文雄⇒( )
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1】東久邇宮稔彦王⇒(ひがしくにのみやなるひこおう)
日本の旧皇族、陸軍大将、終戦処理内閣時の内閣総理大臣、在職期間は、1945年8月17日から10月9日の54日間
2】幣原喜重郎⇒(しではらきじゅうろう)
第44代 内閣総理大臣、1945年10月9日から1946年5月22日、その後第40代衆議院議長。日本国憲法第9条の発案者とされている。(所説あり)
3】吉田茂⇒(よしだしげる)
第45、48、49、50、51代 内閣総理大臣。
1946年5月22日から1947年5月24日、1948年10月15日から1954年12月10日まで在任。
戦後の混乱期に復興に力を注いだ総理大臣。サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約の締結。
4】片山哲⇒(かたやまてつ)
第46代 内閣総理大臣。1947年5月25日から1948年3月10日在任
日本社会党委員長からの内閣総理大臣就任。
5】芦田均⇒(あしだひとし)
第47代 内閣総理大臣。1948年3月10日から1948年10月15日在任
外交官から政界にはいり、民主党を結党し内閣総理大臣に就任。
6】鳩山一郎⇒(はとやまいちろう)
第52、53、54代 内閣総理大臣。1954年12月10日から1956年12月23日在任。
戦後、公職追放の処分を受け、吉田茂を後継に指名。追放解除後政界に復帰、自由民主党の初代総裁。吉田内閣解散後内閣総理大臣になる。
7】石橋湛山⇒(いしばしたんざん)
第55代 内閣総理大臣。1956年12月23日から1957年2月25日在任
日本のジャーナリストから政界へ、自由民主党第2代総裁。
8】岸信介⇒(きしのぶすけ)
第56、57代 内閣総理大臣。1957年2月25日から1960年7月19日在任
戦時中、東条内閣の商工大臣として入閣。戦後は、戦犯容疑者として巣鴨拘置所へ留置。不起訴放免後は公職追放の身で政治活動は出来ない時期を過ごす。
公職追放解除後、自由民主党初代幹事長に就任。石橋内閣の後を継いで内閣総理大臣に就任。日米新安保条約の調印。
9】池田勇人⇒ (いけだはやと)
第58、59、60代 内閣総理大臣。1960年7月19日から1964年11月9日在任
大蔵官僚から政界に入り大蔵、通産大臣を経て総理大臣になる。
所得倍増計画を打ち出し戦後日本の高度経済成長に多大な役割を果たした。
10】佐藤栄作⇒(さとうえいさく)
第61、62、63代 内閣総理大臣。1964年11月9日から1972年7月7日在任
運輸省から政界に入り、内閣官房長官を経て総理大臣になる。
沖縄返還を実現。2798日の総理大臣連続在任記録。1974年にノーベル平和賞を受賞。
11】田中角栄⇒(たなかかくえい)
第64、65代 内閣総理大臣。1972年7月7日から1974年12月9日在任
郵政、大蔵、通産の各大臣を経て、総理大臣になる。
日本列島改造論を提唱し実行した。
金脈問題で辞任した後、航空機贈収賄事件”ロッキード事件”で逮捕、収監された。
12】三木武夫⇒(みきたけお)
第66代 内閣総理大臣。1974年12月9日から1976年12月24日在任
外務、通産、など他にも多くの大臣を経て総理大臣になる。
衆議院議員を連続51年間在任した。
自民党の派閥体制に意見し脱却を推進する。前田中総理が金権政治問題で失脚すると三木のクリーン性が重視され総理大臣に就任した。
13】福田赳夫⇒(ふくだたけお)
第67代 内閣総理大臣。1976年12月24日から1978年12月7日在任
大蔵官僚から政界入り。
岸、佐藤、両内閣時に外務大臣、大蔵大臣、党幹事長などを歴任して有力後継者であったが、田中角栄との後継者争いに敗北した。その後、総理大臣に就任する。その時の福田派が現在の党最大派閥清和政策研究会となる。
14】大平正芳⇒(おおひらまさよし)
第68、69代 内閣総理大臣。1978年12月7日から1980年6月12日在任
大蔵官僚から政界入りする。田中内閣時外務大臣として日中国交正常化に貢献。
総理大臣在職中に病により急死する。
15】鈴木善幸⇒(すずきぜんこう)
第70代 内閣総理大臣。1980年7月17日から1982年11月27日在任
郵政、厚生、農林の各大臣を経て、総理大臣に就任。
日本社会党から自民党に移籍した唯一の総理大臣。
16】中曽根康弘⇒(なかそねやすひろ)
第71、72,73代 内閣総理大臣。1982年11月27日から1987年11月6日在任
内務省から政界入りする。通産、運輸、他多数大臣を経てから総理大臣に就任。
国鉄、電電公社、専売公社を民営化して、JR、NTT、JTとした。
17】竹下登⇒ (たけしたのぼる)
第74代 内閣総理大臣。1987年11月6日から1989年6月3日在任
長く大蔵大臣を務めその後、総理大臣に就任。
消費税を導入する。 自民党の最大派閥であった経世会の創設者。
18】宇野宗佑⇒ (うのそうすけ)
第75代 内閣総理大臣。1989年6月3日から1989年8月10日在任
総理大臣就任後の総選挙で、自身の女性問題などの影響で自民党が大敗すると責任をとり辞任。
総理大臣在任期間68日の日本政治史上4番目の短命内閣。
19】海部俊樹⇒(かいふとしき)
第76、77代 内閣総理大臣。1989年8月10日から1991年11月5日在任
文部大臣を経て総理大臣に就任。
総理大臣初の昭和生まれ。自民党が参議院で過半数割れをしていたため、国会における首班指名選挙では、衆参ねじれ状態になってしまい、衆議院の優越により首班指名を受け、総理大臣に就任した。
総理大臣辞任後、自民党を離党して新進党の初代党首に就任。
20】宮澤喜一⇒(みやざわきいち)
第78代 内閣総理大臣。1991年11月5日から1993年8月9日在任
大蔵官僚から政界入り、大蔵大臣を5期務め総理大臣になる。
陸上自衛隊の海外派遣を決定した。
21】細川護熙⇒(ほそかわもりひろ)
第79代 内閣総理大臣。1993年8月9日から1994年4月28日在任
新聞記者から政界入りする。
肥後熊本藩細川家の第18代当主。
日本新党を結成して代表に、38年ぶりに自民党からの政権交代を実現して総理大臣に就任する。
55年体制を崩壊させたが、佐川急便からの借り入れ問題で、総辞職する。
22】羽田孜⇒ (はたつとむ)
第80代 内閣総理大臣。1994年4月28日から1994年6月30日在任
衆議院議員を14期45年務める。
その間、自民党、新生党、新進党、太陽党、民政党、民主党、民進党と政党を変えて議員活動を行った。
自民党からの内閣不信任案提出に対した内閣総辞職で、総理大臣を辞職する。
在職日数は、64日であった。
23】村山富市⇒(むらやまとみいち)
第81代 内閣総理大臣。1994年6月30日から1996年1月11日在任
労働組合からの政界入りした日本社会党議員、55年体制から対立していた自民党と連立することで総理大臣に就任。
総理就任後、それまでの、日本社会党の政策を転換して、自衛隊合憲、日米安保条約堅持を打ち出した。
阪神淡路大震災が起こると、政府の対応の遅さから非難され内閣支持率4が急落した。
突然の首相退陣を表明し総理大臣を辞任した。
24】橋本龍太郎⇒(はしもとりゅうたろう)
第82,83代 内閣総理大臣。1996年1月11日から1998年7月30日在任
厚生大臣で初入閣後、運輸、大蔵、通産の各大臣を歴任し総理大臣に就任。
自民党、社民党、新党さきがけ、の3党連立内閣から3年ぶりに自民党単独内閣を発足した。
消費税増税、健康保険の自己負担率引き上げ、特別減税廃止などの緊縮財政を実行しデフレ経済の蔓延を招く。
25】小渕恵三⇒(おぶちけいぞう)
第84代 内閣総理大臣。1998年7月30日から2000年4月5日在任
内閣官房長官、自民党幹事長、外務大臣などを歴任し総理大臣に就任。
自由党、公明党、との連立政権を樹立する。
官房長官時代に昭和から平成に改元があり、新元号を平成と紹介する。
2000年に病の為死去による退陣する。
26】森喜朗⇒ (もりよしろう)
第85,86代 内閣総理大臣。2000年8月8日から2001年4月26日在任
建設、文部、通産各大臣を歴任語総理大臣に就任。
27】小泉純一郎⇒(こいずみじゅんいちろう)
第87,88,89代 内閣総理大臣。2001年4月26日から2005年8月11日在任
農林、外務、厚生、郵政、等各大臣を歴任の後、総理大臣に就任。
郵政民営化を実現させた。
総理大臣退任後、それまで原発推進だった態度を脱原発に変更して活動を行っている。
28】福田康夫⇒(ふくだよしお)
第91代 内閣総理大臣。2007年9月26日から2008年9月24日在任
第67代 内閣総理大臣、福田赳夫の長男、父親の秘書から政界入りする。
安倍晋三総理大臣が病気理由で辞任した後、急遽総理大臣に就任した。
”国民の生活の為に、・・・”と総理大臣を辞任した。
29】麻生太郎⇒(あそうたろう)
第92代 内閣総理大臣。2008年9月24日から2009年9月16日在任
祖父が吉田茂、義父が鈴木善幸と総理輩出家系の出身。
総理在任中の衆議院総選挙で自民党が惨敗し衆議院第1党の座から転落した。
そのことで、総理大臣を退陣し政権も民主党に明け渡すことになった。
30】鳩山由紀夫⇒(はとやまゆきお)
第93代 内閣総理大臣。2009年9月16日から2010年6月8日在任
第52、53,54代総理大臣鳩山一郎の孫。
自民党議員であったが、離党し新党さきがけを結成した。その後さきがけを離党して民主党を結成し代表に就任。
第45回衆議院総選挙にて、民主党は308議席を獲得し内閣総理大臣に就任した。
政治と金の問題で、支持率が急降下して総理大臣を辞任した。
31】菅直人⇒ (かんなおと)
第94代 内閣総理大臣。2010年6月8日から2011年9月2日在任
市民運動家からの政界入り。社会民主連合、新党さきがけ、民主党を経て総理大臣に就任。
厚生大臣時代に薬害エイズ事件やO157問題などに取り組む。
東日本大震災時の福島第一原発事故への対応を批判した報告書が提出され支持率を下げる結果となる。
32】野田佳彦⇒(のだよしひこ)
第95代 内閣総理大臣。2011年9月2日から2012年12月26日在任
千葉県議会議員から衆議院議員になり、総理大臣に就任。
日本新党の結党に参加しその後、新進党の結党に参加する。
新進党を離党して民主党に入党する。
松下政経塾出身の初めての総理大臣。
国会における、党首討論で自民党総裁の安倍晋三に対し法案可決に協力するなら衆議院を解散すると明言した。その後の総選挙後内閣総辞職をして総理大臣を辞職する。
民主党政権では、最長の482日間の在任であった。
33】安倍晋三⇒(あべしんぞう)
第90、96,97,98代 内閣総理大臣。2006年9月26日から2007年9月26日(90代)2012年12月26日から2020年9月26日(96,97,98代)
内閣官房長官から総理大臣に就任。大臣経験は無い。
2006年に小泉総理大臣の自民党総裁任期満了に伴う総裁選で圧勝して総裁になり、臨時国会で総理大臣に就任する。戦後生まれの初めての就任であった。
2007年の衆議院選挙で大敗を喫し、体調不良を訴えて総理大臣を辞任した。
2012年に自民党総裁に復帰している。
その年の衆議院総選挙に圧勝して、再び総理大臣に就任した。
デフレ経済を克服するために金融緩和処置を講じた。
2020年に持病の潰瘍性大腸炎が再発したことで辞任を表明する。
総理大臣連続在職日数2822日、通算在職日数3188日は、いずれも歴代最長を記録した。
34】菅義偉⇒ (すがよしひで)
第99代 内閣総理大臣。2020年9月16日から2021年10月4日在任
大臣秘書から横浜市議会議員を経て国政入り。
内閣官房長官の在職期間は歴代1位である。
安倍総裁が体調不良で辞任した後の総裁選で自民党総裁に選出され総理大臣に就任する。
自民党の方針を巡って党内から強い反発を受け総裁を辞任し内閣を総辞職した。
35】岸田文雄⇒(きしだふみお)
第100、101代 内閣総理大臣。2021年10月4日から現在
外務大臣他を歴任して総理大臣に就任。
党内の派閥による政治資金パーティーの裏金問題疑惑を受け、派閥から離脱することを表明する。